2012年09月10日
レスキュー、レスキュー

2012年のGWの涸沢~穂高山行の2日目、涸沢岳まで往復して穂高岳山荘前に腰を下ろして私は小休止していました。
すると、
降り立ったのは、岐阜県警山岳警備隊の交代要員2名。
見た感じ20代後半から30代前半か、ウエアの上からでもわかる、引き締まった鍛え上げられた印象の精悍な顔立ちの若者お二人。

「ご苦労さん!」と声をかけるのは(多分)穂高岳山荘の宮田八郎氏。
私が涸沢から登攀してきたときも、そして白出のコルから下山するときも、
小豆沢を見下ろしながら仁王立ちで、登山者の様子を注視していた。
私のような初心者は、山小屋のバックアップなしで登山できないのは夏も残雪期も同じ。
営業小屋のないルートを選ぶのはまず考えられない。まさにオアシスだ。
今年のGW前半スタート数日は風もほとんどなく、
稜線ではさすがに吹き流しが横にたなびくことも見かけたが、
北アルプスにいるということも忘れそうな、穏やかな春の日和だった。
しかし...
下山してからのGW後半、装備の整理をしながら自宅でダラダラと過ごしていて飛び込んできたのは、立て続けに北アルプス全域での遭難また遭難のニュース。
その惨事のうちのひとつが、これ
宮田八郎氏のブログ”ぼちぼちいこか”「夜間救助」
数日前にそこに自分がいた同じ場所、同じ人たちが...。
そしてさらに数日後...
「夜間救助2」
どうやら遭難されたのは、自分と同じ名古屋近郊のある山岳会のメンバーの方。
自分など足元にも及ばない、装備や登山技術の持ち主でも、山荘まであと一息の場所で道迷い、遭難とは。
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レスキュー
ヤマへ通い始めてから読んだ本、
厳しい訓練で鍛えられた山岳警備隊員たちも、決して不死身のスーパーマンじゃない。
常に危険と背中合わせ、そして時には命懸け。
山小屋のスタッフも同じ。
「怪我をして動けません」、「助けてください」...そんなSOSに必死に応えている、彼ら・彼女らも身を挺して救助に向かっている。
救援のヘリも海抜3、000mでは実は性能の限界までチャレンジしているそうだ。
危険なのは誰しも同じ。
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そんな山岳救助に情熱を捧げた一人の人物がいた...篠原 秋彦氏(故人)
ベストを尽くして、それでも不幸にして遭難した要救助者に掛ける言葉はとても温かい。
「良かった、良かった」
そして、
「よくがんばった」
ヤマを始めて3年目。
今までは怪我や遭難、救助なんて自分には実際には縁のない世界だと思い、
バンドエイドと鎮痛剤ぐらいしか持参していなかったが、今年用意したのが、

6㎜x10mの通称「お助けロープ」(おまけで簡易ビレイ2セット)、
ファースエイドのセット(傷口洗浄用の注射器を自分で追加)
できれば日本赤十字の講習とかも受けてみたいところが、まずはここから。
使わずに無駄に終わることが一番望ましいのだが、
初心者の自分でも、これで万が一の時に少しは誰かを助けられるかもしれない。
こんな基本的なことを後回しにしていた自分がつくづく恥ずかしかった。
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山岳救助関係者各位にあらためて敬意を表します。
Posted by i na at 00:34│Comments(0)
│山岳救助
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